旧市民球場

球場跡地問題、これぞ正論!

2011年07月06日

広島市議会に紫の風-。6月の広島市議会定例議会で新たな風を感じた。

サンフレッチェ広島、スタジアムDJから転身した石橋竜史議員の記念すべき初質問の内容は、12年間続いた秋葉市政によりアキバカラーに染まった市議会の空気を一掃するほどのインパクトがあった。
6月27日付の田辺一球ツイッターには以下のように記してある。
今日の話の肝の部分は、当然、旧広島市民球場の解体阻止を含む活用問題。その話ぶり、内容、訴求力は、他の議員、広島市担当者、松井市長を圧倒!ついには「メディアリテラシー」まで持ち出していい加減なこと言ってると市民がすべてを洞察するよ」と言わんばかりでした」
石橋議員のご好意により、6月27日当日の質問内容をアップさせていただけることとなった。話の中盤以降、元の市民球場問題で痛烈かつ痛快な文言が並ぶ。そして市民の願いとは何なのか?を分かりやすく説明していただいてもいる。
同市議会で石橋議員の質問を受けた担当者は「球場解体」の方針に変わりのないことを繰り返していた。しかし「終わるまですべて起こる」。
「球場解体」問題は、単にその物理的な現象(壊す壊さない)だけにとどまらず、この街の未来と、世界平和へ向けた市民のエネルギーを創造するその象徴となべlきる空間の「色」と「パワー」を決定づける。
広島市民の未来、そして世界未来を左右する。その運命を握る「奇跡の器…」。
必見!
「ひろしま保守クラブ」の石橋竜史です。これより、会派を代表して質問させて頂きますので、
これからのお時間、ご清聴の程、宜しくお願い致します。
まずは、今後へ向けた、「広島市の総合計画」について質問します。
この度、新市長が誕生された最たる理由は、「閉塞感の漂う、現状の打破」であり、
また、「未来へ新たなる希望を見出したい」と言う、市民の皆様が、常日頃から抱いていた感情が、
「明確に反映された結果」である事に違いありません。
そんな、行き場を求めていた多数の広島市民は、「これまで」からの転換を切望されると同時に、
美辞麗句、「総花的」な取り組みではなく、何よりも共感できる、
具体的な「街のビジョン」と「施策」を熱望されています。
そこで、今後、広島市が取り組むべく指針の掲示された、正にグランド・デザインとも呼べる、
「広島市・総合計画」に目を移して行きたいと存じます。
ここ最近を顧みれば、平成21年、10月、市議会の議決を経て、「広島市の基本構想」が改定されると共に、
「第5次・広島市・基本計画」が策定されました。
しかし、その内容は、「前市長のカラー」が色濃く打ち出された部分や、
まだ、“国内にバブルの余韻が見られる時期”に策定された
「第4次」の「広島市・基本計画」から抜け出せない部分も随所に見られます。
そこで、これまでのプロセスは尊重しながらも、市民の皆様が、今、この瞬間、最も望まれている事は、
日々を暮らして行くにあたり、心の支えとなる「希望」です!
その、“当面の明確なる目標”から生み出される「希望」は、過去に囚われない、トップ自身が訴える、
新たな、「松井カラー」から生み出されるモノではないでしょうか!
松井市長は現在、「心が通う対話」を重んじては、市民の皆様の意見を広く聴き、
その声を「反映しよう」と尽力されています。
無論、「市民の声を、鏡の様に反映させて行く」ことは大事ながら、先ず! 街のトップに求められるのは、
「トップ自身」が、どの様なビジョンを描き、その実現へ向け、「如何なるアプローチを図るのか?」との
「確固たるリーダーシップ」ではないでしょうか。
そう考えれば、これまでの「広島市長」を振り返ってみても、
例えば、「荒木市長」から「平岡市長」へと交代された際には、
「廃墟の中から蘇り、新しい価値を育みながら未来へ羽ばたく」との期待が込められた、
「ひろしまフェニックス21構想」を基に、内容の賛否は別にしても、“当面の明確なる着地点”を示すべく、
「ひろしま新世紀・都市ビジョン」が策定されました。
誰もが把握できる「当面の明確なる目標」が設定されれば、閉塞感の漂う、このご時世にあり、
市民の皆様も「希望」を見出しては、それが日々の糧ともなり、
行政に携わる皆様も、取り組み易い事は、言うまでもありません。
そこで改めて、松井市長へお伺い致します。
総合計画に囚われない、「私は、こうする!」「こうしたい!」と、正に「松井カラー」とも呼べる、
広島市における“近未来のマスター・プラン”を今後、
「なるべく早期にでも打ち出す考えは、おありなのでしょうか?」
あるならば、現時点での、その具体的な内容を、お答えしては頂けないでしょうか。お願い致します。
次に、この広島市の、「平和行政について」質問いたします。
これまでの広島市は、人類史上初の被爆体験を通して、
「核兵器の廃絶」と「世界の恒久平和」を広く訴え、取り組んで参りました。
現在、広島市が掲げる「平和施策クロス・セクション」の重点プログラムにも、
「この“広島の心”を世界に伝え、国際世論を喚起し、
世界平和を実現する事が、被爆都市“広島の使命”であり、
この使命を果たすには、次代を担う若い世代を中心に、
より多くの人々が、“広島の心”についての理解を深めて行く事が重要である」 とあります。
そこで、今年の2月に、アメリカはワシントンDCで開催された、
「アメリカ科学・振興協会」の会合にて発表された、その“研究成果”を伝える報道の中に、
「小さな核戦争でも大規模な気候変動が生じる」 との記事がありますので、ここで、紹介させて頂きます。
アメリカの政府機関が開発した“最新のコンピューター・モデル”によると、
「地域的な核戦争」であっても、地球の寒冷化と降水量の減少が
前例の無いレベルで、数年間は続く事が判明。
その後には、飢饉や病気の流行が、「広範囲にまで及ぶ」と推測されています。
このモデルは、TNT火薬で換算すれば「1万5千トン」、
つまり、「広島レベルの核兵器」が“100回”使用された戦争を想定しているのですが、
その想定量にせよ、現在、全世界が「保有する核兵器」からすれば、わずか、「0,03%」に過ぎません。
また、要約して申せば、もしも核戦争が起これば、
爆発の炎で大量のブラック・カーボンが大気を覆い隠し、太陽熱や太陽光を奪う。
その結果、最も影響を受けるヨーロッパや、このアジアでは気温が3度から4度も下がり、
温暖化ならぬ「寒冷化」が進んで行きます。
年間の降水量も減少し、世界の農業は大打撃を受け、
核の使用が行なわれた後、「向こう7年間は、完全なる回復が期待できない」。
そして、「地域レベル」の核戦争でも、その影響は、「地球レベルにまで及ぶ」と締めくくられています。
何を言わんかと申せば、今後の平和行政として、「次代を担う若い世代を中心に、
より多くの人々に“平和の尊さ”を理解して貰う必要がある」ならば、
被爆都市として、被爆の惨禍、その体験を継承して、今後も、広く世界へ発信しながら、その一方で、
核が、現在の環境、並びに、「世界の人々の日常生活に及ぼす影響」も
「並行して、熱く発信して行くべき」ではないでしょうか?
そうすれば、“戦争を知らない世代が担って行く”今後の社会において、
より“広島の心”に対しての理解、共鳴が深まると思われます。
また、これからを担う、「次の世代」に関しても、街の中心部に集う「若者の人口分布」を、
同様の中枢都市である札幌や福岡と、この広島市を比較した場合、
若者が増加、もしくは大幅に増加している「札幌や福岡」に対して、
広島市は、都市の中心部から、「若者が大幅に減少している」データが出ております。
何も、若者に限定した話ではありませんが、街が活気に満ちて、広島市民の笑顔が溢れるのであれば、
対外的にも、市長が掲げられた「迎える平和」として、
これ以上の「平和・発信」は無いと思われますが如何でしょうか?
そこで今一度、ここに質問いたしますが、「松井カラー」とも言える、
「平和行政へのアプローチ」を、お伺いするモノであります。
次に、広島市が掲げている、「スポーツ振興」について質問します。
スポーツに取り組む事によっての健康の保持・増進、
子供達の発育期においては、忍耐、努力、協調性など、社会秩序の学習。
また、人々が共にプレーする事から生まれる連帯感や、醸成されて行く「地域コミュニティ」。
スポーツチームを応援する事により生まれる「高揚感」に「一体感」などスポーツが持つ可能性は壮大です。
ゆえに、オリンピックが「世界最大の祭典」とも呼ばれれば、
サッカーのW杯など、開催都市によっては、1ヶ月弱の大会期間中に、
延べ、360億人もの人々が「TV観戦をする」とまで言われています。
また現在は、国家プロジェクトとしても、小学生の体力低下やメタボリック・シンドローム対策。
「生活習慣病の予防」やこれからの“超・高齢社会”へ向けての
「医療費・抑制」と、医療や福祉の面からも、「スポーツ振興」に力が注がれている状況にあります。
そこで、この広島市でも、国の方針に則って、また、
「第5次・広島市・基本計画の1つ」としても、施策が検討されました。
それが、今年の3月に発表された「広島市・スポーツ振興計画」です。
内容に掲げられた「数々の課題や目標」がクリアされるのであれば、
スポーツを通じ、明るく、活力ある広島市が形成されると同時に、
郷土愛も育まれ、無数の相乗効果が見込まれます。
かく言う私も、アナウンス業で、長年にわたってサンフレッチェ広島や
カープの現場にも携わり、現在も、地域体協のソフトボール「2チーム」、
他にも、サッカーや、バレーボール・チームにまで所属しては、現役としてプレーしております。
それだけスポーツを愛し、プロ・アマを問わず「現場を知る」私としては、
近年、スポーツに対する「広島市の姿勢」に疑念を持たざるを得ません。
確かに、苦しい財政状況にある広島市ではありますが、
各地域のスポーツ、町の活気を牽引する「各学区・体育協会」への
活動・助成金は、平成16年度から据え置き、もしくは厳しくなる一方で、
現場からも、「これ以上の手弁当では無理」との声が上がっています。
地元における「プレーヤーの見地」からも同様で、例えば、
“自らの日常”全てを捧げ、ようやく「国体・出場」の切符を掴んでも、
そこを労い、補助をする「国体選手への助成」など、
未だ、広島県は継続されていながらも、広島市は「廃止」とされました。
また、「スポーツでの雇用創出」との観点からも、広島市の各区に設置されているスポーツ・センターには、
地域活動を推進するために「コーディネーター」と称する職員を市の費用負担で配置していますが、
外郭団体の人員整理に伴い、次々と「減員」されているのが実情です。
リストラとは本来、再構築が行なわれ、「より良い環境」を生み出す為に行なわれるモノでありながら、
「退職・職員数」を、「新規採用・職員数」が上回らない方法で人員の削減を繰り返して来た結果、
“スポーツ関連の職員”などは、ポッカリと、「若い世代が不在」の状態に陥っております。
確かに、「無駄」は是正しなければなりませんが、街の未来を形成する「人材」は、お金に代えられません。
また、人材を育成するには、それ相応の歳月を要するのです。
この広島市の現状を踏まえると、「スポーツ王国広島を目指す」とのスローガンも、
「果たして、本当に達成できるのだろうか?」と感じられてしまいます。
しかも、策定された「広島市・スポーツ振興計画」には、
全国でも“稀代の存在”と言える、トップレベルのチームから成る、
NPO法人「トップス広島」の存在価値、その活動方針、大切な役割などが、克明に説かれておりますが、
私は、「トップス広島」の幾つもの競技関係者の方々とも、
「いかにスポーツを通じて地域を活性化させようか?」と長きにわたり幾度も意見交換を行なって参りました。
果たして広島市は、この「トップス広島」に対して、今日まで、
どれだけ手を差し伸べ、また、共に活動し、ビジョンを共有して来たのでしょうか?
地元広島に、トップレベルのチームが次々と育ちながら、市は、
その貴重なる存在を、どこか当たり前に捕らえて来た観は否めません。
行政にも、求められるは「チーム・プレー」であり「フェア・プレー」です!
そこで、松井新体制における、
今後の「スポーツ振興」について質問させて頂きます。
一つ、改めて、広島市のスポーツに対する考え方について
一つ、学校体育施設やスポーツ施設の「整備方針」について
一つ、スポーツによる地域活性に向けた「人的・支援方法」について
一つ、全国でも貴重なトップス広島を、今後、如何に支援、協力、活用して行くのか? 
その「具体的・内容」について、お考えを、お聞かせ下さい。
また、市長は先だっての所信表明で
「日本古来の、武道の振興などにも取り組む」旨を口にされましたが、
例えば、市内でも「沼田高等学校」には“体育コース”が設けられ、
剣道や柔道と言った武道を志す多くの生徒が、日々、心と身体の鍛錬に励んでおります。
こう言った、学校単位でビジョンを描いては研鑽を積む事により、
現在、この沼田高校では、先だってのベルギー国際柔道大会で優勝した高野ミサキ選手をはじめ、
その前途に「世界的な注目が集まる」広島の財産が芽吹いている事は、大変、喜ばしいと言えるでしょう。
しかしながら、体育コースは、県内一円から生徒が集まるので、
遠方から入学して来た生徒は、近隣に下宿している状況にあります。
生徒たちが集中して日々の練習に取り組み、食生活を含め、健康管理、生活環境を整える為にも、
こう言った学校に「学生寮を設置する」などの環境整備を進め、
「青少年の競技力向上」を図って頂く事を、重ねて強く要望いたします。
いずれにせよ、他都市に目を移せば、学ぶべき点は、多々、見られます。
神戸市では、1995年の阪神・淡路大震災の後、
「いつでも、どこでも、誰でも、自分の好むスタイルで自由にスポーツや健康づくりが出きる街」を目指し、
街の復興に役立てば、スポーツで「雇用までも」生み出そうと「神戸アスリート・タウン構想」を策定しました。
そして現在も、子供から高齢者まで、多世代の市民が、
多種目のスポーツに取り組める振興施策が実施されています。
また川崎市では、スポーツを通じて“街の活気”を生み出すと同時に、
「川崎」を全国へアピールする一つの手法として、「川崎市ホームタウン、スポーツ推進パートナー」を制定。
行政側が、アスリートを「スポーツ推進・大使」として認定し、
認定されたアスリートは、積極的に地域活動へ参加。
頻繁に市民との交流を図り、「スポーツクラブと地域が互いに支えあう」実績を残しております。
その一例を挙げれば、サッカーJリーグ、川崎フロンターレの選手は、
小学校6年生の算数ドリルに登場しては、問題を出題。
とかく、ルーティーン化する授業に“一役”買っては、子供達の人気を集めています。
また、1997年からは、選手たちが、チームカラーである「青色のサンタクロース」に扮し、
毎年、クリスマス時期になると、川崎市内にある複数の小児病棟を慰問する試みが、
現在も継続して行なわれています。
行政は民間へ、民間は行政へと、互いに先方へ「旗振り役」を求めてしまいますが、
川崎フロンターレの後援会長は、川崎市の市長であります。
“思い立った者”が声を上げ、能動的に取り組んだらば、
「スポーツ」と言う、一つの文化を通じて、 “地域へ多大なる活気と、温もり”をもたらすのではないでしょうか。
続いては「旧市民球場跡地の活用」に関して質問します。
郊外に大型ショッピング・センターや誘致企業、各大学なども林立し、
街の中心部に「人々の集まる目的」が、希薄になりつつある昨今。
また、市長が「所信表明」で掲げられた様に、「世界に誇れる広島市」を創出する上では、
やはり“拡大・都心核”とも言われる「八丁堀、紙屋町地区」の「旧市民球場」をはじめとし、
「このエリア一帯を如何にデザインしては活用して行くか?」が、
今後の「重要な鍵を握る」と言っても、過言ではありません。
その重要度を、市長も「充分に認識されている」からこそ、
広島駅と旧市民球場跡地・周辺を「東西の核」と位置づけ、この度「楕円形の都心づくり」を発表されました。
また、旧市民球場の跡地・活用策に関しては、
コンペの優秀案となっていた「折鶴ホール」と「森のパビリオン」が跡地整備の計画から除外され、
移転する予定であった商工会議所ビルも、期限未定のまま、“移転の延期”を発表。
今後の行方を、「広く意見を求めて検討する」にあたり、
現在のところは、この定例会のご答弁でも頂いた通り、
財界、地元商店街、若者などを中心として「検討委員会が設置される運び」となっております。
そこで先ず、我々は、この現状を認識しておかなければなりません。
今日まで、「合意形成を図り、手順を踏んで来た」と言われ、
6年間の歳月を費やしながらも、結局は、計画が「ゼロ・ベース」へ戻りました。
計画が「見直し」となれば、これまでの「緑地広場案」をベースに、その行方を模索する事となりますが、
「ゼロ・ベースに戻る」となれば、それは“完全なる白紙”を意味し、意味合いが異なって参ります。
そこで今回の件を、会派を通して確認したところ、今回は「ゼロ・ベース」との事ですから、
これからは、自由で闊達なる意見交換が行なわれるでしょうし、
市民の皆様も、大変なる期待を寄せているのではないでしょか。
しかしながら、“旧市民球場跡地”の利用計画が混迷を極めた結果、
今、こうしている間にも、この広島市は現在進行形で、
観光客や、経済波及効果を「失い続けている」状態にあります。
そこで、今後、その行方を「松井新体制」の下で進めて行くにあたり、
“同じ轍”を踏まない為にも、まずは、これまでの問題点を改めて、皆様と共に検証しておきたいと存じます。
まず、1つ目の問題点は、「一貫したコンセプトの不在」でした。
「150万人の集客を目指す」との無根拠な数字に固執しては、
最も重要となる、総合的に「街を如何にデザインしたいのか?」
また、球場跡地から「如何なるメッセージを発信して行くのか」と言う、
テコでも動かぬ「明確な基本理念」が打ち出される事な無く、
暗礁に乗り上げた際も、「原点に返る」、この「原点」が常に不在だったのです。
故に、当初は「民間の活力を最大限に活用する」と謳われながら、
「この度の跡地は、広島市が公共事業としてやるモノで」と言った具合に「掲げていたモノ」が転換されれば、
市民の憩いと賑いの創出を掲げられながら、その大事な一角へ商工会議所ビルの移転が認めたりもする。
そんな、不安定であり、不明瞭なプロセスにおいて、常に市民はメッセージを発信していました!
その詳細を、ここで御紹介するのは割愛させて頂きますが、
今一度、「民意」であり、市民のメッセージに触れるべく、あるアンケート結果をご紹介したいと存じます。
これまで「同跡地・問題」に関する数々のアンケート結果が報じられておりますが、
「設問内容」や「ロケーション」により「偏った意見結果」が導き出される傾向も見られ、
なかなかフラットなる見地からの「アンケート結果」が得られません。
そんな折、2009年の2月に、ある民放テレビ局が、
市民、1500人を対象に行ない、報じられたアンケート結果は、その膨大なる対象人数に、
公共の電波を扱うテレビ局が調査した事もあり、公平で、かつ、非常に信憑性の高いモノでしたので。
Q旧市民球場・跡地の利用方法について、広島市の計画が、活性化につながると思いますか?
A:活性化につながると思う 35.6%  思わない 64.4%
Q広島市は「150万人の集客」を約束していますが、現在の計画で可能だと思いますか?
A:可能だと思う 13.9%  思わない 86.1%
Q広島市は2009年・秋に市民球場の解体を始めたいとしていますが、
このまま、この計画を進める事が良いと思いますか?
A:このままで良いと思う 16.5%  思わない 83.5%
議会でも、度々論戦となった「旧市民球場の解体」ですが、当時でも
1500人中、「約1260人」の市民が解体に反対していたのです。
現在は、幸いにも協調路線が取られておりますが、
都心開発となる、重要な計画がスタートしてから約6年。
「多大なる時間、人員、経費」を費やし、結局、紛糾してしまったのは
都度、「民意に逆行して来た結果」に他なりません。
そこで、今後を見据えるにあたっても、僭越ながら、私の経験談を補足させて頂きます。
これまで、旧市民球場・跡地の活用策は、「緑地広場」を基調として、イベントで賑いを創出して行く。
ゆえに、前市長や理事者の答弁では、「球場を解体し、その場所を、
出きればニューヨークのセントラルパークの様にしたい」と、幾度も語られて参りました。
私は、このNYをはじめ、北米に「1年間」住んでいましたのでこれだけは言えますが、
セントラルパークが出来たのは1870年代。
その壮大なる公園は、当時、マンハッタンの中でも栄えていたエリアの“かなり北側”に
「憩いの場所」として設けられたモノであり、
当初から「街のド真ん中に公園を築く」とのコンセプトではありません。
郊外へ築いた公園が、街が発展して行くに連れ、結果的に「町の中心部に位置した」もので、
街の重要拠点に、人々が率先して「緑地」を求めていた訳ではないのです。
また、夜間に、セントラルパークを通過するドライバーの誰もが
心掛けていた事は「危険なので無闇に公園内で停車するな」でした。
それだけ、街の中心部にある“広大なる公園”が見せる「夜の顔」は危険であり、
犯罪の温床となっていたのです。
この広島市でも、大きな緑地公園を「球場の跡地へ」となれば、
夜間は、街の中心部へ、暗く、人気のない空間が生まれる“現実”を当然「想定できる」にもかかわらず、
「市民の安全」を充分に考慮するべく、その辺りを検討、報告された形跡は、残念ながら見られません。
そこへ持って、市は去年の6月、「跡地整備の概要と、新たな賑いづくりに向けて」を作成されましたが、
末席ながらも、国内外のショービジネスに、過去20年間も携わって来た私の「実体験」を申せば、
「不定期なるイベントでの賑い創出」ほど、脆弱であり「メドが立たない」モノはありません。
ある程度の集客が見込める既存のイベントにしても、フラワー・フェスティバルにフード・フェスタ、
菓子博然り、先行する投資予算は、それ相応の負担を誰かが強いられます。
また、民間を含め、それだけの妙案が存在するのであれば
失礼な表現とはなりますが、今頃、シャレオや観音マリーナなど、
「現在の数倍」は活況なるスポットに生まれ変わっている事でしょう。
「真のアイデア」と言うのは、“場所や条件に左右されない”からであります。
そこで、返す返すも重要なのは「集客数を念頭に置く」であったり、ターゲットの年齢や性別を絞り込む、
また、あの球場を単体で考えるのではなく「エリア一体を、如何に魅力ある場所するのか!」。
また、東京や大阪と言った大都市を追随するのではなく、
決して他都市が真似の出来ない、広島の歴史や地域性を最大限に活用した「オリジナリティ」です。
遡れば、この広島に原爆が投下され、「向こう75年間、草木も生えない」と言われた場所の中心に、
また、誰もが、憎しみと悲しみの感情に包まれていた時代に、我々の先人は「市民の野球場」を生み出した。
先輩方の「発想と行動力」、何より、その「豊かな心」には敬服するのみであります。
現在の広島市も、飛び出す言葉は「厳しい財政状況」ですが、ならば、当時の広島市や、
旧市民球場の建設資金を工面した民間企業、市民の人々が、「そこまで潤っていた」のでしょうか?
苦しい中にあり、豊かな心と人々の情熱で「夢の器」が生み出され、
その後、広島カープを通じ、半世紀以上にもわたって、
市民の心へ希望と活力を与え、先行きの見えぬ暗い時代に、
街の中心部から、この広島市を、照らし続けてくれたのです。
そんな「復興の象徴でもある市民球場」ですから、市側へも、
「保存、活用してくれ!」と、市民から強い要望が寄せられます。
これまでは、ライトスタンドの一部が補修、補強された上で保存される事になっていました。
ライトスタンドの、グランド・レベルに近い部分は「休憩施設」として、
また上部は「平和公園も見渡せる展望テラス」として活用するとあり、
そこへ付随し、ライトスタンドの下には、トイレや、備品などを収納する「倉庫も整備したい」と。
例えば、「一部を保存する」との“市民の声”を酌んだのであれば、
新しい耐震基準が定められた後の、ここ20年で増築され、トイレや倉庫も持ち合わせては、
上部からは、より平和公園を見渡せる内野席、3塁側のスタンドを、
なぜ?保存、再活用しないのか、正直、理解に苦しみます。
何より世界を見渡せば、時代の潮流は既にスクラップ&ビルドを繰り返す様な
無情で、未成熟な世の中ではありません。
ドイツの都市、グラスデンなど、「第二次世界大戦」当時に空襲で破壊された教会の瓦礫を、
その後、人々が数千、数万パーツと集め、資金面、技術面での支援者を募り、
世界最大のジグゾー・パズルと言われながら、
十数年もの歳月を費やし、敵と味方の「和解の象徴」として、その教会を復元したのです。
ならば、旧市民球場は、その歴史背景を鑑みても、「人類、負の遺産」とも称される原爆ドームと対峙する、
「人類、生命力」の象徴であり、これらが、「二対で一つのモニュメント」と呼べるのではないしょうか。
そこで、未来へ「継承して行く」市民球場の“保存パーツ”に関しても、
「市民の声」や「議会の決議」を尊重するのは、無論、大事ながら、
そこへ並行して、新たな希望を担う新市長が「私は、こう思うのです!」との自らの意見も非常に重要であり、
ゼロ・ベースとなった、是非ともココで新たに検討しては如何でしょうか?
先人を尊び、文化財とも言える旧市民球場、その最大限の活用法を見出したらば、
これだけでも、全国的なニュース・ソースとなり、広島市のPRにもつながります。
「広島らしさ」とのオリジナリティを追求するにあたり、求められるは「街づくり」以上に、
如何に「今の街並みを効率よく活用、継承して行くか?」の「街づかい」です。
また、先ほども話に触れた「検討委員会の設置」ですが、大事なのは、委員会メンバーの「人選」です。
これまでの慣例を刷新する意味でも、既得権益に縛られない、
ニュートラルな見地から、公正なる人選が行なわれる事を、並びに、「検討委員会の声」は、
あくまで「民意を反映させるサポートの声」であり、
検討委員会、有識者の声が過度に重んじられる事のないよう、
常にバランス感覚を持ってのご検討を、ここに強く要望いたします。
そして、私は過去、数年間にわたり、紙屋町から八丁堀に至るまで、
何百件にも及ぶ商業施設等を自らの足で“一軒一軒”回っては、
跡地活用に関する意見を「つぶさに」伺って参りましたが、
市が、これまで取り組んで来た現行案への賛同者が、
ウソ偽りなく、ほぼ「皆無であった事実」と同時に、誰もが、
その行方を案じ、1日でも早い「道筋の決定」を望まれています。
そこには「人々の生活」もあり、悠長なる猶予期間が存在する訳ではありません。
また、街の行方を占う、この大事な問題を解決して行くにあたり、
何かと「菓子博」が免罪符であり通行手形に用いられる傾向が
多々、見受けられますが、決して、菓子博を軽んじるのではなく、
1ヶ月弱の博覧会を必要以上に考慮して検討をすれば、
その「ほころび」や「影響」が、後々、必ずや生じて参ります。
そこで、改めて松井市長にお伺い致します。
「旧市民球場の保存パーツ」にしても、市長は「再検討する」お考えを、お持ちでらっしゃるのでしょうか?
また、菓子博の開催準備を図りながら、跡地利用の行方を決定、
並行して事業を進めて行く事は、充分に可能であります。
1日でも早い結論を地元が望む中、目算として、いつ頃を目処に、
「最終結論を出そう」と考えてらっしゃるのでしょうか?
そして、私は先ほど、「八丁堀・紙屋町地区」の商業施設等を
“一軒一軒”回った話を持ち出しましたが、その際には、
「広島市が、今日まで進めて来た現行案には疑問点があり、これまでも充分なる説明すら受けていない」。
「今後のビジョンも無いまま、性急に球場解体へ走るのではなく、
地元市民の声に耳を傾け、みんなで活用策を考えるべきである」との意見を訴える署名が、
地元の商店だけでも、「約200軒」集まりました。
また、2010年3月、当時の市議会議員20名の署名、請願書と共に
「広島市が掲げる現行案は、今後、広島の発展に繋がらないと考え、
跡地利用計画の抜本的な見直しを要望。市民球場の一部を改修、
再活用して、多目的サッカースタジアムと平和文化施設、
および、市民の憩いの場の整備を提案」との主旨で寄せられた、
「23,295人」分の署名が提出されましたが、今月15日には、
その署名が、「松井市長宛」に再提出されております。
当然ながら、私も、ここに賛同する者ではありますし、
そもそも、私が、市議会議員に立候補したキッカケとなったのは、
明確なるビジョンも無く、未来の指針すら定まらぬ内に、
広島市民と苦楽を共にしては、本当に愛された球場を無慈悲に破壊した、
「そんな市政を改革したかった」からです!
そこで、今一度、市長にお伺いします。
「市民が満場一致となる」計画決定は難しいながら、200軒以上にも上る、地元商店街の声。
そして、市民球場跡地から「スポーツと様々な文化で広島を活性化させたい」との沢山の方々の熱い思い、その声を、市長は如何に受け止め、また如何に今後へ反映させて行くのか?
そのお考えを、お聞かせ下さい。
質問を、以上とさせて頂きますが、市当局の誠意ある答弁をお願いするものであります。
ご清聴、誠に有り難うございました。

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「第4回コイのサミット」開催のお知らせ

2014年3月22日(土)に「第5回コイのサミット広島」を開催いたします。

「早く日取りを決めて欲しい!」という熱い声にお応えして、日時と場所だけ確定いたします。パネリストの方の人選など不確定な部分もございますがご了承ください。
みなさん最大の楽しみ!二次会の予約も済ませました。場所はもちろんHarayaさんです。今回もまたファン同士の結束を高め(要するに飲み会…)、1991年以来のリーグ優勝を目指すべく熱いシーズン開幕を迎えましょう!

なお初めての方も大歓迎です。私、田辺一球が楽しく!?お相手いたします。もちろんお一人様も大歓迎いたします。

翌3月23日(日)にはマツダスタジアムで午後2時からソフトバンクとのオープン戦が開催されます。しかも3連休の真っ只中です。楽しい「広島ツアー」にしていただければ幸いです。(宿泊施設のご用意はいたしませんので各自でお願いいたします)

★日時)2014年3月22日(土)午後2時「本会議」スタート予定(午後1時30分受付開始予定)※開始時間は、若干変更になる可能性もあります。詳細は、お申込みいただいた方にメールなどで通知いたします。

★会場) ウエストプラザビル2階ホール(広島市中区紙屋町2-2-2、TEL 082-504-3131)

★アクセス) 広島ど真ん中、紙屋町交差点からすぐ。高速バスなら広島バスセンター下車、広島電鉄なら紙屋町電停下車で徒歩数分、JR広島駅からタクシー15分以内。山陽自動車道広島ICより約6キロ。駐車場は用意されておりませんので近隣でお探しください。

★会費) おひとり様3,500円(税込、ドリンク&食事付き)中学生以下は無料。会費は当日、サミット開催前に受付で集めさせていただきます。おつりのないよう、ご用意ください。

★募集定員) 40名ぐらい…

★パネリスト)田辺一球(広島魂!代表)以外は未定

★サミット参加のお募集申込み方法
「本会議」とそのあとの「二次会」の2部構成です。「一球調査団」は、今回は実施しない方向です。「本会議」会場から「二次会」会場まではたぶん、徒歩でも行くことができます。路面電車利用の場合は実費のご負担となります。

参加希望の方は、メールで以下の項目を明記の上、お申し込みください。なお、会費を当日いただくこともあり、キャンセルは極力避けていただきますようお願いいたします。

・お名前 
・住所(郵便番号)
・年齢
・2人以上でご参加の場合は残る参加者全員のお名前と年齢
・あなた様、もしくは代表者連絡先電話番号(メールがお返しできない場合がございます。その際にお電話します)
・「二次会」参加の有無(お申込みのあと二次会のキャンセルは極力、避けていただきたいと思います)
・サミット参加回数(今回含む)
・その他、ご要望、ご質問など

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覚醒スイング

2013年04月07日更新

お立ち台に上がったふたりのヒーローが、冷たい風の吹きつけたデーゲームのスタンドを熱くした。

「常にみんな声が出ていて、点が入りやすいムードができていたと思うし、みなさんの応援もすごく僕らにとって大きな存在なので、本当にありがとうございました」

4打数で2得点3安打1打点と1四球の活躍を見せた丸がファンにメッセージを送ったあと、マイクを向けられたマエケンが言った。

「チームの状況は苦しいですけど、ファンの皆さんはちょっと暗いです。明るく笑って球場に来てください!」

開幕第2戦で8回1失点の投球を見せながら“不発”に終わったマエケンは、東京ドームでも投げていた130キロ台中盤の高速スライダーを組み立ての中心に据えた。WBCを経験したことで「帰国してから腕が振れるし意外にスピードが出ている」真っ直ぐに変化を感じ取り、スライダーも同じ勢いで振り抜くことができた。

「一番の西岡さんはもちろん、どの打順も怖い」という阪神打線を相手に終わってみれば7回2安打1四球の無失点とほぼ完璧に抑え込んだ。真っ直ぐと高速スライダー、それにチェンジアップを低目に集め、外野に飛ばされたのは西岡の中前田、福留の左飛、コンラッドの中飛の3度だけだった。

6対1快勝の原動力がマエケンの投球内容にあったのは間違いない。だが、打線の援護がなければエースと言えども勝ちようがない。

「二番の丸がいっぱい出ていっぱい帰ってきてくれました!」。ヒーローインタビューの初っ端にマエケンはそう叫んだ。試合の流れを作ったのは8試合消化時点で早くも3度目の猛打賞獲得し、一、二回と立て続けにナイス走塁でホームに還ってきた丸だった。

打つだけではない。走っても守っても球界トップレベルの水準を目指す。丸の“イチロー化計画”は新井打撃コーチの就任と同時にスタートした。

「バッティングは力じゃない、スイングスピードとレベルスイング、そしてボールを見送る姿勢の中にいかに打ちにいく形を作るか、だ」。新井理論をナインに浸透させる作業は前年秋の日南キャンプでその第一歩を踏み出した。

新井コーチが真っ先にやったこと。それはひとりひとりのバットの形状、グリップの形、バランス、重さのチェックだった。

丸のバットはそれまで使用していたものより30グラム前後軽量化され、“スイングスピードの高速化”を可能にした。同時にこれまでダウンスイングをイメージして、構えた時に両肩のラインより高い位置に固定していたグリップを、同ラインのかなり下まで降ろした。

「打撃改造」には勇気がいる。だが丸には迷っている時間はなかった。2011年に初めて規定打席に到達して105安打を放ったのに2012年は70安打を放つのが精一杯だった。目の前に大きな壁があることは分かっていた。2000本安打の新井理論を吸収することで覚醒する自分に賭けた。

2月、再び日南に入るやいなや反復練習が始まった。「レベルスイング」への移行は簡単ではなかった。「まだまだ、自分のものにするには相当かかると思います」。キャンプ序盤は試行錯誤の連続だった。

それでもシート打撃や紅白戦が始まると、丸のバットから快音が響くようになった。グリップの位置が下がったことでスイングが以前と比べてずいぶんシンプルになった。肩の余分な力も抜けたように見えた。

オープン戦の時期になっても極端にバッティングの状態が悪くなるようなことはなくなった。「外の球をとらえることができている。精度をもっと高めたい。手ごたえは感じています」。テーマのひとつだった「確実性」が増してきた。

試合前、新井打撃コーチが上げるトスを打つ、というルーティンはマツダスタジアムでも遠征中でも3月いっぱい続けられた。最初は外角の球を強くショート頭上へ強く打ち返せるように丸から見て左45度の角度から、続いて新井コーチが丸の正面に入り、ネットの影から上げるトスをフルスイングした。

新井コーチには、かつてイチローの打撃スタイルの基本を、このトスバッティングで固めた実績と経験、もっと言えば信念がある。同じ道を歩むことで丸のバットの軌道はそれまでとはまったく違ったものになり始めた。地面と平行にバットのヘッドを移動させ、最後の大きなフォロースルーと同時に風を斬る音が聞えてきた。

オープン戦の時期にはもうひとつのテーマにも挑戦した。オープンスタンスから右足を上げて踏み込もうとすると、相手投手が「クイック」で崩しにかかってくるようになったからだ。

自分のタイミングで打とうとすれば上げた足を降ろした時には完全に差し込まれてしまう。そこで上げた右足を途中で早めに一度、地面と接触させ軽くステップして本来の踏み出し位置に右足を着地させる「二段ステップ」に打撃フォームをアレンジした。

守ること、走ることにおいてもキャンプからワンランク、ツーランク上を目指して丸はやってきた。打つだけではレギュラーにはなれない。同時並行であらゆる課題に取り組みながら丸は2013年シーズンを迎えることになった。

日南キャンプ終盤、丸や安部の屋内打撃練習を見守りながら新井コーチが話し始めた。

「よく少年野球の本などに体重を残して振りにいき、そこからもう一度体重移動などと書いてあるがそれは間違い。それではスウェーしてしまう。ステップして着地した時にピッチャーに向かっていく形ができていれば体重移動していてもOK、言い換えれば下半身は打ちにいく、しかし上半身は残すんです。そしてみんな試合で10の力で振ろうとするけど練習10なら試合は8ぐらいでいいんですよ」

新井理論の引き出しはおそらく無数にあるはずだ。打球音とマシンの油切れの音が一定のリズムで繰り返される現場で話はなおも続けられた。

「ヘッドがうまく使えないとバットが折れたりもするんですよ。そのためにはまずバットの握りから変えなくてはいけない選手もたくさんいる。そうやってヒットを重ねていく。うまくいけば280には届く。その先、いかにして300をクリアするのか?そこにはラッキーなヒットや内野安打も当然、必要になってくるんです」

話の最後に新井コーチ自らが口にした「打率3割」の目標に到達できる愛弟子は果たして…?かつて神戸の空の下、「前人未踏のシーズン200安打」を可能にした新井理論とイチローの振り子打法が紡いだ物語。その続編がこの広島でまさに今、始まろうとしている。

カープと広島を愛する人たちに贈る携帯サイトの決定版。テレビやラジオより速く、新聞より詳しく、雑誌より感動できるカープナインの365話物語。田辺一球責任編集。すでに7年以上、一日も休むことなく続くカープコラム「赤の魂」やカープ情報や新球場問題などを速報する「ニュース速報」他サイトと比較して一目瞭然の「試合速報」現場で集めた「ファーム情報」携帯サイト読者とメールのやりとりする中から新たなコミュニティーを創造する「コイの季節をあなたにも...」。5つのコンテンツで税込み178円です。なお、携帯サイトと当HPをリンクさせ、全国から集まったみなさんの声をカープと新球場の未来のために同携帯サイト上や当HP上、あるいはスポーツコミュニケーションズ・ウエストが発行する書籍内において掲載させていただくことがありますのであらかじめご了解ください。

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