旧市民球場

「奇跡の器」の真実、土屋さんの思い

2010年10月21日

9月19日に広島市内で開催された、トークイベント「市民球場はこのように建設されたのだ」~市民球場の過去と明日を語る~(広島ミニコミセンター、広島市民球場跡地利用市民研究会主催)で進行役を務めた広島国際大学の石丸紀興教授と、市民球場建設当時、現場監督を務めた西廣一明さんの当日のやりとりがもうすぐ、小冊子になって発行されます。

この対談集には、旧広島市民球場の歴史と未来を守る会の土屋時子代表代行の「報告文」も掲載されます。

当チャンネルでは、その報告文を先にみなさんに紹介させていただきます。

●復興の喜び哀しみを伝えるー市民球場

・何故、市民球場問題なのでしょうか?

最近知人に会うと、「なぜ土屋さんが、市民球場のことで躍起になっているの?」と聞かれます。

確かに、特別熱心な野球やカープフアンではなく、どちらかと言えばスポーツより文化活動(演劇)をライフワークとして生きてきたものですから、ここ半年間の豹変ぶりに驚いているのでしょう。

でも私を良く知る人は、「市民合意なき市民球場の解体反対の運動」が、私のライフワークのテーマとかけ離れたことでなく、まさに「ヒロシマを語り継ぐ」―文化活動そのものだとわかってくださると思うのです。語り継ぐべき器が、目の前で切り裂かれ、形もなく壊されようとしているのですから、関わりを持った以上、何もせず手を拱いていることはできないのです。

私が舞台上演で選んだ時代は、主に広島の昭和初期から戦後から一九五○年代に材をとった作品が多く、峠三吉の半生を描いた『河』、原爆投下以前の中島地区の人々を描いた『天神町一番地』、戦後広島復興期の母子を描いた『ばらっく』などはその代表作です。

この時代はいろいろな意味を含め「広島の青春―炎の時代」と言われていて、その時代を知らない私にとっては、広島が最も魅力的だった時代だと感じているからなのです。

市民球場はまさにその時代―昭和三十二年、対談の中で語られているように、多くの市民の思いをこめて、広島市民の財産として作られた「市民の球場」です。表現が正しくないかもしれませんが、原爆の廃墟の中から再生した球場だからこそ、「他の球場とどこか雰囲気が違う…原爆ドームと指呼の位置に、それは在る」(故・筑紫哲也氏の手紙より)と言わしめているのかもしれません。

だからこそ、広島は広島でしかできない街づくりを目指し、復興のシンボルである建物からも、まだまだ学ぶことがいっぱいあるのです。

・市議会傍聴から解体差し止め訴訟 住民投票は門前払い

図書館退職後、広島市議会を傍聴して感じたことは、「議論を上下する場になっていない」ということでした。

旧広島市民球場については最初から「跡地問題=解体ありき」で始められたことがまずは問題なのですが、六月の廃止条例案の可決に至っては、解体賛成派の議員からも「解体反対派が一転して賛成とは?」と疑問を抱かせるような採決結果でした。

一般社会でも当たり前のことですが、賛否が交錯し可決と否決が紛糾する議案はもっと時間をかけ、慎重に審議すべき案件なのです。六月一日に初めて市民に具体案を提示し、ろくな審議もせず、予算的にも未定なまま二十二日には早くも決議―これでは強行採決といわれても仕方ないことです。「市民合意を図る努力を―」は名ばかりで、市民の声を聞く場など結局一度も、もたれなかったのです。

六月二十四日の記者会見で市長は次のように述べています。

「市民合意ということですけれども、最終的には議会と行政と市の方向性を決めていく上で、市民の意思と云うのは議会を通してその決定権を行使するという形になっていますので、議会の合意ということが、最終的な形では市民の合意の反映であるというふうに考える政治制度のもとで我々は仕事をしていますので、それはやっぱり尊重しなくてはいけない点だと思います。」

「議会の合意=市民合意の反映で何も問題はない」と、市長は本気で思っているのでしょうか?

五輪招致検討予算案では一回否決された議案が、市長権限で四十二年ぶりに再議にかけられ、これも充分な議論もないままで議案が認められてしまいました。いまや議員・議会の見識も疑わしいということが、市民の間で話題になっていますが。

年内にも解体されることが決まった八月六日、私たちは「旧広島市民球場の歴史と未来を守る会」(「守る会」とする)を立上げました。そして九月八日、権限のない私たち市民の意思を訴えるには「住民投票しかない」という結論に達し、「旧広島市民球場解体の賛否を問う」住民投票請求を市へ提出しました。

これで五年近く続いてきた球場問題が平和的に解決できると思い、住民投票に必要な署名(約九万五千人)に取りかかれるよう意を決して準備を始めていたのです。

ところが広島市は九月十七日、「市政運営上の重要事項に該当しないため」と云う理由で、署名活動すら拒否し却下したのです。市民局の説明では「市長自らの決裁」とのことでした。

広報紙「ひろしま市民と市政」(二○○三年十二月一日号)では「市民の意思が尊重されるべき典型例としては、何十億、何百億規模の公共事業は採否が当然、その筆頭格になるのではないでしょうか。

具体的な公共事業の採否が、選挙あるいは住民投票などを通して、市民の意思を尊重して決定されるのが、民主主義の教科書的な形です」と、市長ご自身が述べておられます。

それ以後の記者会見では、「球場問題は広島市の将来にとって大変重要な案件である」(二○○八年二月)、「国家的プロジェクトというふうに考えてもいいと思う」(二○○九年九月)とまで述べていながら、「重要事項でない」ということは、詐欺的言動と言う以外ありません。

この九月二十九日の記者会見でも、「住民投票の制度というのは、あくまで議会制民主主義、代表制民主主義というものを前提にした制度で、それを補完する形での制度を提案しているということを申し上げています。(中略)市民球場解体の条例は大体3分の2以上の賛成で通っていますので、議会の意思というところではこれは全く問題がない、意思表示というところでは問題が無い案件だというふうに思います。そういう形で市民意見を理解したとしても全く問題がないと考えています。」と、自信たっぷりで語っているのです。

長々と引用しましたが、「補完する」という意味も分っておられないようで、支離滅裂な私見としか言いようがありません。

二○○四年九月の市の広報紙には「道はいつも開かれています。住民投票制度ができて一年」と書いてありますが、何と空しい標語なのでしょうか。

私はもちろん却下を受け入れるわけにはいかないので、すぐに処分取消の訴え(行政事件訴訟)を起こしました。被告代表である市長はどう答弁されるのでしょうか。なお住民投票については現在、他に二件請求が出されているので、今後の回答を期待しましょう。

報告が前後しましたが、「守る会」では八月二十三日、「旧広島市民球場解体差し止めの仮処分申し立て」を行いました。二回の審尋がありましたが、やはり公開にして市民にも裁判に参加してもらおうと、十月八日に仮処分を取り下げ、本訴訟を起こすこととしました。これからは法廷の場で争われることとなります。

・今、広島の平和と文化の質が問われている

以上、「守る会」としては前近代的、非民主主義的な広島市政に対峙し、二つの訴訟でたたかっていくことになりますが、何よりも解体が始まる―ということが焦眉の問題で心痛むところです。

石丸先生が「広島の戦後復興のメッセージは―絶望してはいけない。英知を結集すれば必ず希望はある―ということ」と語られています。後世に悔いが残らぬよう、今こそ、広島市民一人ひとりが「納得のいかないこと」に対し声を上げ、あらゆる行動を起こす時ではないでしょうか。

球場問題に限らず、真の「国際平和文化都市」として世界に恥じない広島市になるよう、願ってやみません。

旧広島市民球場の歴史と未来を守る会・代表代行 土屋時子

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「第4回コイのサミット」開催のお知らせ

2014年3月22日(土)に「第5回コイのサミット広島」を開催いたします。

「早く日取りを決めて欲しい!」という熱い声にお応えして、日時と場所だけ確定いたします。パネリストの方の人選など不確定な部分もございますがご了承ください。
みなさん最大の楽しみ!二次会の予約も済ませました。場所はもちろんHarayaさんです。今回もまたファン同士の結束を高め(要するに飲み会…)、1991年以来のリーグ優勝を目指すべく熱いシーズン開幕を迎えましょう!

なお初めての方も大歓迎です。私、田辺一球が楽しく!?お相手いたします。もちろんお一人様も大歓迎いたします。

翌3月23日(日)にはマツダスタジアムで午後2時からソフトバンクとのオープン戦が開催されます。しかも3連休の真っ只中です。楽しい「広島ツアー」にしていただければ幸いです。(宿泊施設のご用意はいたしませんので各自でお願いいたします)

★日時)2014年3月22日(土)午後2時「本会議」スタート予定(午後1時30分受付開始予定)※開始時間は、若干変更になる可能性もあります。詳細は、お申込みいただいた方にメールなどで通知いたします。

★会場) ウエストプラザビル2階ホール(広島市中区紙屋町2-2-2、TEL 082-504-3131)

★アクセス) 広島ど真ん中、紙屋町交差点からすぐ。高速バスなら広島バスセンター下車、広島電鉄なら紙屋町電停下車で徒歩数分、JR広島駅からタクシー15分以内。山陽自動車道広島ICより約6キロ。駐車場は用意されておりませんので近隣でお探しください。

★会費) おひとり様3,500円(税込、ドリンク&食事付き)中学生以下は無料。会費は当日、サミット開催前に受付で集めさせていただきます。おつりのないよう、ご用意ください。

★募集定員) 40名ぐらい…

★パネリスト)田辺一球(広島魂!代表)以外は未定

★サミット参加のお募集申込み方法
「本会議」とそのあとの「二次会」の2部構成です。「一球調査団」は、今回は実施しない方向です。「本会議」会場から「二次会」会場まではたぶん、徒歩でも行くことができます。路面電車利用の場合は実費のご負担となります。

参加希望の方は、メールで以下の項目を明記の上、お申し込みください。なお、会費を当日いただくこともあり、キャンセルは極力避けていただきますようお願いいたします。

・お名前 
・住所(郵便番号)
・年齢
・2人以上でご参加の場合は残る参加者全員のお名前と年齢
・あなた様、もしくは代表者連絡先電話番号(メールがお返しできない場合がございます。その際にお電話します)
・「二次会」参加の有無(お申込みのあと二次会のキャンセルは極力、避けていただきたいと思います)
・サミット参加回数(今回含む)
・その他、ご要望、ご質問など

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覚醒スイング

2013年04月07日更新

お立ち台に上がったふたりのヒーローが、冷たい風の吹きつけたデーゲームのスタンドを熱くした。

「常にみんな声が出ていて、点が入りやすいムードができていたと思うし、みなさんの応援もすごく僕らにとって大きな存在なので、本当にありがとうございました」

4打数で2得点3安打1打点と1四球の活躍を見せた丸がファンにメッセージを送ったあと、マイクを向けられたマエケンが言った。

「チームの状況は苦しいですけど、ファンの皆さんはちょっと暗いです。明るく笑って球場に来てください!」

開幕第2戦で8回1失点の投球を見せながら“不発”に終わったマエケンは、東京ドームでも投げていた130キロ台中盤の高速スライダーを組み立ての中心に据えた。WBCを経験したことで「帰国してから腕が振れるし意外にスピードが出ている」真っ直ぐに変化を感じ取り、スライダーも同じ勢いで振り抜くことができた。

「一番の西岡さんはもちろん、どの打順も怖い」という阪神打線を相手に終わってみれば7回2安打1四球の無失点とほぼ完璧に抑え込んだ。真っ直ぐと高速スライダー、それにチェンジアップを低目に集め、外野に飛ばされたのは西岡の中前田、福留の左飛、コンラッドの中飛の3度だけだった。

6対1快勝の原動力がマエケンの投球内容にあったのは間違いない。だが、打線の援護がなければエースと言えども勝ちようがない。

「二番の丸がいっぱい出ていっぱい帰ってきてくれました!」。ヒーローインタビューの初っ端にマエケンはそう叫んだ。試合の流れを作ったのは8試合消化時点で早くも3度目の猛打賞獲得し、一、二回と立て続けにナイス走塁でホームに還ってきた丸だった。

打つだけではない。走っても守っても球界トップレベルの水準を目指す。丸の“イチロー化計画”は新井打撃コーチの就任と同時にスタートした。

「バッティングは力じゃない、スイングスピードとレベルスイング、そしてボールを見送る姿勢の中にいかに打ちにいく形を作るか、だ」。新井理論をナインに浸透させる作業は前年秋の日南キャンプでその第一歩を踏み出した。

新井コーチが真っ先にやったこと。それはひとりひとりのバットの形状、グリップの形、バランス、重さのチェックだった。

丸のバットはそれまで使用していたものより30グラム前後軽量化され、“スイングスピードの高速化”を可能にした。同時にこれまでダウンスイングをイメージして、構えた時に両肩のラインより高い位置に固定していたグリップを、同ラインのかなり下まで降ろした。

「打撃改造」には勇気がいる。だが丸には迷っている時間はなかった。2011年に初めて規定打席に到達して105安打を放ったのに2012年は70安打を放つのが精一杯だった。目の前に大きな壁があることは分かっていた。2000本安打の新井理論を吸収することで覚醒する自分に賭けた。

2月、再び日南に入るやいなや反復練習が始まった。「レベルスイング」への移行は簡単ではなかった。「まだまだ、自分のものにするには相当かかると思います」。キャンプ序盤は試行錯誤の連続だった。

それでもシート打撃や紅白戦が始まると、丸のバットから快音が響くようになった。グリップの位置が下がったことでスイングが以前と比べてずいぶんシンプルになった。肩の余分な力も抜けたように見えた。

オープン戦の時期になっても極端にバッティングの状態が悪くなるようなことはなくなった。「外の球をとらえることができている。精度をもっと高めたい。手ごたえは感じています」。テーマのひとつだった「確実性」が増してきた。

試合前、新井打撃コーチが上げるトスを打つ、というルーティンはマツダスタジアムでも遠征中でも3月いっぱい続けられた。最初は外角の球を強くショート頭上へ強く打ち返せるように丸から見て左45度の角度から、続いて新井コーチが丸の正面に入り、ネットの影から上げるトスをフルスイングした。

新井コーチには、かつてイチローの打撃スタイルの基本を、このトスバッティングで固めた実績と経験、もっと言えば信念がある。同じ道を歩むことで丸のバットの軌道はそれまでとはまったく違ったものになり始めた。地面と平行にバットのヘッドを移動させ、最後の大きなフォロースルーと同時に風を斬る音が聞えてきた。

オープン戦の時期にはもうひとつのテーマにも挑戦した。オープンスタンスから右足を上げて踏み込もうとすると、相手投手が「クイック」で崩しにかかってくるようになったからだ。

自分のタイミングで打とうとすれば上げた足を降ろした時には完全に差し込まれてしまう。そこで上げた右足を途中で早めに一度、地面と接触させ軽くステップして本来の踏み出し位置に右足を着地させる「二段ステップ」に打撃フォームをアレンジした。

守ること、走ることにおいてもキャンプからワンランク、ツーランク上を目指して丸はやってきた。打つだけではレギュラーにはなれない。同時並行であらゆる課題に取り組みながら丸は2013年シーズンを迎えることになった。

日南キャンプ終盤、丸や安部の屋内打撃練習を見守りながら新井コーチが話し始めた。

「よく少年野球の本などに体重を残して振りにいき、そこからもう一度体重移動などと書いてあるがそれは間違い。それではスウェーしてしまう。ステップして着地した時にピッチャーに向かっていく形ができていれば体重移動していてもOK、言い換えれば下半身は打ちにいく、しかし上半身は残すんです。そしてみんな試合で10の力で振ろうとするけど練習10なら試合は8ぐらいでいいんですよ」

新井理論の引き出しはおそらく無数にあるはずだ。打球音とマシンの油切れの音が一定のリズムで繰り返される現場で話はなおも続けられた。

「ヘッドがうまく使えないとバットが折れたりもするんですよ。そのためにはまずバットの握りから変えなくてはいけない選手もたくさんいる。そうやってヒットを重ねていく。うまくいけば280には届く。その先、いかにして300をクリアするのか?そこにはラッキーなヒットや内野安打も当然、必要になってくるんです」

話の最後に新井コーチ自らが口にした「打率3割」の目標に到達できる愛弟子は果たして…?かつて神戸の空の下、「前人未踏のシーズン200安打」を可能にした新井理論とイチローの振り子打法が紡いだ物語。その続編がこの広島でまさに今、始まろうとしている。

カープと広島を愛する人たちに贈る携帯サイトの決定版。テレビやラジオより速く、新聞より詳しく、雑誌より感動できるカープナインの365話物語。田辺一球責任編集。すでに7年以上、一日も休むことなく続くカープコラム「赤の魂」やカープ情報や新球場問題などを速報する「ニュース速報」他サイトと比較して一目瞭然の「試合速報」現場で集めた「ファーム情報」携帯サイト読者とメールのやりとりする中から新たなコミュニティーを創造する「コイの季節をあなたにも...」。5つのコンテンツで税込み178円です。なお、携帯サイトと当HPをリンクさせ、全国から集まったみなさんの声をカープと新球場の未来のために同携帯サイト上や当HP上、あるいはスポーツコミュニケーションズ・ウエストが発行する書籍内において掲載させていただくことがありますのであらかじめご了解ください。

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