旧市民球場

★「広島魂3号」さんから当チャンネルへ寄稿がありました。

2010年10月21日

★「広島魂3号」さんから当チャンネルへ寄稿がありました。さっそく紹介させていただきます。元の広島市民球場問題に関する核心を突く訴えを、とくとご覧ください。

旧広島市民球場の存続の意義を今一度、深く掘り下げる

○旧球場整備案をしっかり読み解く

6月1日、広島市は旧広島市民球場の解体整備後のイメージ図、整備計画案を発表した。各メディアは1・2ヘクタールの緑地広場に多くの人が集まり、にぎわいをみせているイメージ図を載せ、「にぎわい創出」「12年度内に緑地広場」「13年春から段階利用」等々の見出しをつけ、あたかもことはすべて決着して、解体整備に向けて具体的に動き出すかのように報じている。

しかし、このイメージ図をみて皆が心躍る気持ちになるだろうか?この図は毎日、数万の人がこの地に集まるイベントが行われると錯覚させてはいないか?

整備案の中の「にぎわいづくりに向けて」には年間イベントイメージという項目がある。春、夏、秋、冬に分けてここで行うと想定しているイベントが書き込まれている。

30余りのものがある。よく見るとほとんどのイベントは1日ないしは2日のもので特に目新しいものはない。常設にするのであろうか?屋台村が毎日となっている。屋台については露天商対策や出店調整などのほか、大屋台村ということになると近接する飲食業者が反発することも考えられ、実現まで大きなハードルがある。

イメージ図を見ると、屋台と思しきテントが20~30書き込まれている。こうした施設がこの地に相応しかどうか、本来しっかり議論しなければいけない問題がある。さらに博多の中州や駅の高架下店舗などが長い年月で、当初借りた人が家主になり次から次へまた貸しされて問題になっているケースもある。こうした点も十分検討した上での案なのか…。

この整備案が構想段階のイメージということを前提にしても、はっきりいって目新しいものは何もない。これで年間150万人集客できると自信を持っていえるのであろうか?さらに、商工会議所の移転が具体的なスケジュールも含めて書き込まれているが、これとて会員の同意があって実現することで、不確定要素は多い。

それより何より、当初飲食などの営利行為が出来ないと言われ、市長自らニューヨークのセントラルパークを引き合いに出し、一大都心公園にするとの“公約”はどこにいったのか?整備案には、…これまで一般的に認められなかった商業的利活用を含め、いわゆる「イベント特区」的発想で規制を緩和する。となっている。

商業的利活用を否定した形で跡地利用計画を公募していながら、自らの整備案ではそれを盛り込むというまさに“詐欺”的行為…。あと出しじゃんけんのような手法が許されるのであろうか?

市はこの提案を踏まえ「にぎわいづくり」に取り組むと明言している。「にぎわいづくり研究会」は2月から4月までのわずか3カ月で提案をまとめている。市は明らかにこの研究会を、球場解体整備前進のための隠れ蓑に使っている。

研究会のメンバーに利害関係者が入っていないかなど、「にぎわいづくり研究会」なるものも問題にすべきであろう。

さらに別の視点から申せば、この整備案はあくまでも「絵に描いた餅」で、球場解体後、草ぼうぼうの広場のままであることも十分ありうる。新球場(マツダスタジアム)周辺の整備が予定通り進んでいないことをみても、それはあながち否定できない。すでに1年以上放置されたままのあの土地も、本来なら広島市のリーダーシップの下で新球場オープンと同時に市の言う「賑わい施設」が完成していた。

そのような大失敗を目前に、いったい地元報道機関は何をしているのか?特に言いたい。メディアは、市の広報誌ではないはずだ!市の計画をそのまま載せるのではなく、もっと計画そのものを検証し、批判的スタンスで報ずるべきではないか!

○市長は旧球場のもつ重い意味を皮膚感覚で捉えているであろうか

秋葉市長は6月10日開会の市議会に旧市民球場の廃止条例案を再度提案すると表明した。

市は13年春の利用開始を睨み、今年度内には解体し、所謂「整備」を進めようとしている。解体に反対する意見に対して、秋葉市長は「十分議論は尽くした。球場のスタンドは劣化が激しく、解体しかない」と繰り返す。

その言葉からはこの球場の持つ歴史的な意義やこの地へ想い、理念など微塵も感じられない。そこで、市長の経歴から広島市との関わりを調べていると…。

1978年(昭和53年)、アメリカ・タフツ大学准教授の時、「アキバプロジェクト」を立ちあげた。これは、アメリカのジャーナリストを広島に招へいしてヒロシマの実相を見聞きし取材してもらい、帰国後、各メディアを通じてそれらの情報を発信してもらうことを目的にした記者招聘プロジェクトである。

ヒロシマ・ナガサキへ、毎夏訪問取材を行うようになり、その後、1986年~88年まで広島修道大学客員教授、1990年に広島一区選出の社会党代議士・大原亨氏の後継として出馬、1999年まで衆議院議員として社会党の在籍、その年の2月、広島市長選に出馬、これまで三期、市長を務めている。

これが公になっている広島との関わりである。32年前からの関わりではあるが、広島に「定住」してからは恐らく10年そこそこであろう。その間、秋葉氏がカープを、市民球場を自身の言葉で語ったことはあったのであろうか?

市長就任以前、市民球場に足を運び、ファンと一緒に大声を張り上げカープを応援したことがあったのであろうか?それはご本人に確認しなければ分からないことであるが、以下のことは確信をもって言えるのではなかろうか。

V1以前の市民球場の原風景、当時、地方では唯一のプロ球団のフランチャイズ広島市民球場、負けても負けても応援するカープフアン、子供たちはあこがれのスター選手を間近で見、大人にとっては日々の労働の疲れを癒す数少ない手段、喜びであったことを…。

それはたぶん、NOである。秋葉氏には、決して共有できない!広島市民の目と心に焼き付き、決して薄れることのない肌感覚を、古びたコンクリートの塊や物体としてしかとらえられない発想がこの問題の根源にある。

市民球場の歴史は1957年(昭和32年)7月、カープがフランチャイズにしていた県営球場にナイター設備がないため、フアンの強い要望などもあり地元経済界を中心にした寄付で完成した。

球場は慰霊碑、ドームとの「平和の軸線上」にあり、8月6日にはここでの公式戦は敢えて実施しないできた。

V1の後、2階席の増築、電光掲示板の設置、照明塔のスタンド後方への移動など、この間数々の改修が加えられている。これはカープの黄金期である昭和50年代の活躍と時期を一にしている。半世紀の歴史の間には山本浩二、衣笠祥雄の活躍、外木場義郎の完全試合、幾多の乱闘事件、バックネットよじ登り事件、そして涙のV1達成…、等々、数々のドラマが繰り広げられてきた。それはまさに広島の復興とともにあった。

プロ野球のフランチャイズ球場姿が次々に姿を消し現存するものはわずかである。川崎球場、東京球場、大阪球場、藤井寺球場、西宮球場、平和台球場…、その跡地はマンションに、ショッピングセンターに、緑地帯に姿を変え、今や名選手たちの活躍の跡を示す何物も残っていない!旧広島市民球場をこれらの球場と同列に置いていいのであろうか?その答えも「NO!」である。

ここは重い歴史を背負った都市の戦後復興の証であり、それを後世に伝える歴史的構造物であり、オンリーワンな存在である。対外的にヒロシマをアピールする象徴は原爆ドームだけではない、むしろこの球場こそ、それと並ぶものである。

このような認識に立てば、「議論は尽くした!老朽化したものは壊す」という考えには至らないはずである。

秋葉市長は今年のカープの地元開幕戦で背番号2020のユニフォームを着て、始球式を行った。2020の意味するところは市長が議長を務める平和市長会議が2020年に核兵器全面廃絶を目標に掲げていることからです。しかし、その背番号を付けて1球を投じるのはマツダスタジアムではない。これこそ旧市民球場のマウンドではないだろうか。

○旧球場跡地はセントラルパークにはなりえない!

広島創造会議などの暫定整備案の中に書かれている「壊すことは簡単ですが、一度壊せば元には戻りません」、この言葉をよくよく噛みしめるべきである!今、広島が行おうとしていることは「理念なきスクラップ アンド ビルド」にほかならない。

広島市長は球場跡地を広島のセントラルパークにすると語ったことがある。善意に解釈すれば、都心公園というくらいの意味合いかもしれない。そこで少し調べてみた。

ニューヨークの市民の憩いの場セントラルパークは南北4㌔東西0.8キロ、341ヘクタールの人工的に創られた公園である。公園内には人工湖、スケートリンク、スポーツ用芝生、ジョギングコースなどが配置されている。その周りは鬱蒼と繁った樹木で覆われており、多くの動植物がいる自然保護区があるなど、とても五番街と接したところとは思えない自然そのもののエリアで、都会の喧騒から遮断されたニューヨーカーのオアシスである。
東京には有楽町、銀座に近い日比谷公園がある。ここも面積は16.2ヘクタールあり、平日は都心で働くサラリーマンの憩いの場になっている。

旧市民球場はわずか1.2ヘクタールに過ぎない。セントラルパークや日比谷公園と比較すること自体おこがましい限り。しかも整備案では屋台村や飲食物販を提供する森のパビリオンがかなりの部分を専有しており、とても本格的な都心公園といえるものでない。

都心公園は都会の喧騒から隔絶するよう境界線には樹木を植えるなどして、公園内に入るとまさにオアシス!別世界になるよう設計されている。ところが、この整備案はどうだろうか?全くそのような工夫はなされていない。

○浦上天主堂とオルセー美術館

「壊すことは簡単ですが、一度壊せば元に戻りません」。何度でも繰り返す。このことを今一度考えてみるべき時である。

原爆ドームと同様に、長崎の爆心地にあった旧浦上天主堂。原爆投下時、聖母被昇天の大祝日を控え信徒が多数来ていたが、熱線と瓦礫の下敷きになり全員が死亡したという悲劇の地である。
この廃墟を残すため市民運動が起きたが、当時の長崎司教が同地での再建を、長崎市長が「多額の市費まで投じて残さない」と議会の遺構保存の決定を覆したため、結局全面撤去された。この決定には当時東西冷戦の最中にあって「アメリカへの配慮」があったと言われている。

広島の原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)も戦後すぐには保存すべきかどうか、いろいろ議論があったと聞く。結局は原爆投下時のまま残され、半世紀を経て、世界文化遺産の登録されている。登録以降、外国からの訪問客は確実に増えている。

一方、旧浦上天主堂は爆心地の惨状をありのままに残すことが出来なかったことや原爆ドームが世界遺産に登録されたことなどから、未だに取り壊されたことを惜しむ声は多い。

パリの観光名所「オルセー美術館」。印象派絵画が多く収蔵されており、日本からの観光客は必ずと言っていいほど訪れる所である。ここは1900年のパリ万国博覧会の開催に合わせて作られたオルセー駅の駅舎兼ホテルであった。しかし、狭くて不便なことから、その後いろいろな用途に使われ、一時は取り壊しの話もあった。しかし。1970年代からフランス政府によって保存活用策が検討され、19世紀美術を展示する美術館に生まれ変わることになった。

1986年、開館したオルセー美術館の中央ホールは駅の地下ホームの吹き抜け構造をそのまま活用しているほか、内部には鉄道駅であった面影が随所の残っている。

この二つの「事実」を、旧球場の解体論議を前に皆さんはどう受け止めるであろうか?

○正面スタンド、内野席を残してこそ後世へのヒロシマの継承

ライトスタンドの一部保存はマヤカシ!である。広島市は当初、スタンド全体を解体する計画でしたが、市民の要望を一応「聞く」形でライト席の一部を残す、と決めた。そして、ここが「球場メモリアル」であると…。

おかしな話だ。市長は解体理由のひとつに「劣化」を挙げた。ところが残そうとしている外野席の増築部分が構造上「劣化」が激しいとの指摘もある。まあまあ、一部を残してあげるから良いじゃないか、といった上から目線の発想には空いた口が塞がらない。

旧球場を残すところは正面及び内野スタンド以外にない!それは旧球場の歴史的な存在理由を最も表しているところであり、なにより優れて観光価値が高くあるということからである。

ドームは出来るだけ投下時の惨状を伝えるよう保存されなければいけないが、旧球場はオルセーのように今に使えるよう、例えば球場正面の意匠、内部の改装、当然のことながら耐震工事も必要であろう。

まさに現代の建築・土木、デザイン力を駆使して、アート空間、飲食スペース、劇場空間などとして生まれ変わらせる、そうすれば「広島市民球場」としてのオンリーワン性がさらに高まり、観光拠点としての価値もさらに高まる。いずれにしてもこの正面スタンドを中心にして残すことを前提に、著名な空間デザイナーに検討させてみるべきである。

外野スタンドは劣化状況もあり中央公園とのつながりを考えて撤去。金網フェンスも全て撤去、グランド部分については当面は軟式での使用希望があれば外野に仮柵を設置、使用できるようにする。野球などない時は広場として開放する。また、ピッチャーマウンド付近にステージを設けコンサート、野外劇を、観客席は正面スタンドを使うことなど、アイディアは限りなく出てくるのではないか。少なくとも屋台村の発想を超えるものが…。

それからもう一点、正面及び内野スタンドを残す意味合いは都心の喧騒から遮断し、非日常世界を作る役割も果たすことになる。

巨大なコンクリートの構造物を解体することは市長の唱える「環境に特化した街づくり」にも反するのではないだろうか。3R(リデュース、リユース、リサイクル)を声高に唱えるのであれば、旧球場をできるだけ残し有効活用することがその証になるのではないか。1世紀を経て、世界的に有名な美術館に生まれ変わったオルセー駅。このことこそ広島市は参考にすべきであろう。

とにかく広場だけはいけない。ただ単なる広場になっても、あの程度の都心公園はどこにでもあるし、イベントで人を呼ぶと言うが今、出ているアイディア程度であれば、全くの尻すぼみになることは見えている。

戦後の歴史的遺産「広島市民球場」が残ってこそこの地の観光価値は高まる。

広島市民球場」の“再利用”“再活性化”があってこそ、あの地で半世紀にわたって復興のシンボルとして「立ち続けた」時間をさらに有意義なものとし、後世に「見える」形で語り継ぐことが出来る、このことだけは断言できる。

今一度言う「壊すことは簡単、しかし壊してしまえば元には戻らない!」

市長、あなたはなぜそんなに急ぐのか!?

人類の負の遺産である原爆ドームに隣接する唯一無二のヒロシマの空間を、急いでどこをどうしたいというのか?

来年の市長選を前に旧広島市民球場問題を決着させ、自身を優位な立場に導こうなどという浅はかな考えなしに、この稀有な空間に接してもらえることを切に願うばかりである。

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「第4回コイのサミット」開催のお知らせ

2014年3月22日(土)に「第5回コイのサミット広島」を開催いたします。

「早く日取りを決めて欲しい!」という熱い声にお応えして、日時と場所だけ確定いたします。パネリストの方の人選など不確定な部分もございますがご了承ください。
みなさん最大の楽しみ!二次会の予約も済ませました。場所はもちろんHarayaさんです。今回もまたファン同士の結束を高め(要するに飲み会…)、1991年以来のリーグ優勝を目指すべく熱いシーズン開幕を迎えましょう!

なお初めての方も大歓迎です。私、田辺一球が楽しく!?お相手いたします。もちろんお一人様も大歓迎いたします。

翌3月23日(日)にはマツダスタジアムで午後2時からソフトバンクとのオープン戦が開催されます。しかも3連休の真っ只中です。楽しい「広島ツアー」にしていただければ幸いです。(宿泊施設のご用意はいたしませんので各自でお願いいたします)

★日時)2014年3月22日(土)午後2時「本会議」スタート予定(午後1時30分受付開始予定)※開始時間は、若干変更になる可能性もあります。詳細は、お申込みいただいた方にメールなどで通知いたします。

★会場) ウエストプラザビル2階ホール(広島市中区紙屋町2-2-2、TEL 082-504-3131)

★アクセス) 広島ど真ん中、紙屋町交差点からすぐ。高速バスなら広島バスセンター下車、広島電鉄なら紙屋町電停下車で徒歩数分、JR広島駅からタクシー15分以内。山陽自動車道広島ICより約6キロ。駐車場は用意されておりませんので近隣でお探しください。

★会費) おひとり様3,500円(税込、ドリンク&食事付き)中学生以下は無料。会費は当日、サミット開催前に受付で集めさせていただきます。おつりのないよう、ご用意ください。

★募集定員) 40名ぐらい…

★パネリスト)田辺一球(広島魂!代表)以外は未定

★サミット参加のお募集申込み方法
「本会議」とそのあとの「二次会」の2部構成です。「一球調査団」は、今回は実施しない方向です。「本会議」会場から「二次会」会場まではたぶん、徒歩でも行くことができます。路面電車利用の場合は実費のご負担となります。

参加希望の方は、メールで以下の項目を明記の上、お申し込みください。なお、会費を当日いただくこともあり、キャンセルは極力避けていただきますようお願いいたします。

・お名前 
・住所(郵便番号)
・年齢
・2人以上でご参加の場合は残る参加者全員のお名前と年齢
・あなた様、もしくは代表者連絡先電話番号(メールがお返しできない場合がございます。その際にお電話します)
・「二次会」参加の有無(お申込みのあと二次会のキャンセルは極力、避けていただきたいと思います)
・サミット参加回数(今回含む)
・その他、ご要望、ご質問など

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覚醒スイング

2013年04月07日更新

お立ち台に上がったふたりのヒーローが、冷たい風の吹きつけたデーゲームのスタンドを熱くした。

「常にみんな声が出ていて、点が入りやすいムードができていたと思うし、みなさんの応援もすごく僕らにとって大きな存在なので、本当にありがとうございました」

4打数で2得点3安打1打点と1四球の活躍を見せた丸がファンにメッセージを送ったあと、マイクを向けられたマエケンが言った。

「チームの状況は苦しいですけど、ファンの皆さんはちょっと暗いです。明るく笑って球場に来てください!」

開幕第2戦で8回1失点の投球を見せながら“不発”に終わったマエケンは、東京ドームでも投げていた130キロ台中盤の高速スライダーを組み立ての中心に据えた。WBCを経験したことで「帰国してから腕が振れるし意外にスピードが出ている」真っ直ぐに変化を感じ取り、スライダーも同じ勢いで振り抜くことができた。

「一番の西岡さんはもちろん、どの打順も怖い」という阪神打線を相手に終わってみれば7回2安打1四球の無失点とほぼ完璧に抑え込んだ。真っ直ぐと高速スライダー、それにチェンジアップを低目に集め、外野に飛ばされたのは西岡の中前田、福留の左飛、コンラッドの中飛の3度だけだった。

6対1快勝の原動力がマエケンの投球内容にあったのは間違いない。だが、打線の援護がなければエースと言えども勝ちようがない。

「二番の丸がいっぱい出ていっぱい帰ってきてくれました!」。ヒーローインタビューの初っ端にマエケンはそう叫んだ。試合の流れを作ったのは8試合消化時点で早くも3度目の猛打賞獲得し、一、二回と立て続けにナイス走塁でホームに還ってきた丸だった。

打つだけではない。走っても守っても球界トップレベルの水準を目指す。丸の“イチロー化計画”は新井打撃コーチの就任と同時にスタートした。

「バッティングは力じゃない、スイングスピードとレベルスイング、そしてボールを見送る姿勢の中にいかに打ちにいく形を作るか、だ」。新井理論をナインに浸透させる作業は前年秋の日南キャンプでその第一歩を踏み出した。

新井コーチが真っ先にやったこと。それはひとりひとりのバットの形状、グリップの形、バランス、重さのチェックだった。

丸のバットはそれまで使用していたものより30グラム前後軽量化され、“スイングスピードの高速化”を可能にした。同時にこれまでダウンスイングをイメージして、構えた時に両肩のラインより高い位置に固定していたグリップを、同ラインのかなり下まで降ろした。

「打撃改造」には勇気がいる。だが丸には迷っている時間はなかった。2011年に初めて規定打席に到達して105安打を放ったのに2012年は70安打を放つのが精一杯だった。目の前に大きな壁があることは分かっていた。2000本安打の新井理論を吸収することで覚醒する自分に賭けた。

2月、再び日南に入るやいなや反復練習が始まった。「レベルスイング」への移行は簡単ではなかった。「まだまだ、自分のものにするには相当かかると思います」。キャンプ序盤は試行錯誤の連続だった。

それでもシート打撃や紅白戦が始まると、丸のバットから快音が響くようになった。グリップの位置が下がったことでスイングが以前と比べてずいぶんシンプルになった。肩の余分な力も抜けたように見えた。

オープン戦の時期になっても極端にバッティングの状態が悪くなるようなことはなくなった。「外の球をとらえることができている。精度をもっと高めたい。手ごたえは感じています」。テーマのひとつだった「確実性」が増してきた。

試合前、新井打撃コーチが上げるトスを打つ、というルーティンはマツダスタジアムでも遠征中でも3月いっぱい続けられた。最初は外角の球を強くショート頭上へ強く打ち返せるように丸から見て左45度の角度から、続いて新井コーチが丸の正面に入り、ネットの影から上げるトスをフルスイングした。

新井コーチには、かつてイチローの打撃スタイルの基本を、このトスバッティングで固めた実績と経験、もっと言えば信念がある。同じ道を歩むことで丸のバットの軌道はそれまでとはまったく違ったものになり始めた。地面と平行にバットのヘッドを移動させ、最後の大きなフォロースルーと同時に風を斬る音が聞えてきた。

オープン戦の時期にはもうひとつのテーマにも挑戦した。オープンスタンスから右足を上げて踏み込もうとすると、相手投手が「クイック」で崩しにかかってくるようになったからだ。

自分のタイミングで打とうとすれば上げた足を降ろした時には完全に差し込まれてしまう。そこで上げた右足を途中で早めに一度、地面と接触させ軽くステップして本来の踏み出し位置に右足を着地させる「二段ステップ」に打撃フォームをアレンジした。

守ること、走ることにおいてもキャンプからワンランク、ツーランク上を目指して丸はやってきた。打つだけではレギュラーにはなれない。同時並行であらゆる課題に取り組みながら丸は2013年シーズンを迎えることになった。

日南キャンプ終盤、丸や安部の屋内打撃練習を見守りながら新井コーチが話し始めた。

「よく少年野球の本などに体重を残して振りにいき、そこからもう一度体重移動などと書いてあるがそれは間違い。それではスウェーしてしまう。ステップして着地した時にピッチャーに向かっていく形ができていれば体重移動していてもOK、言い換えれば下半身は打ちにいく、しかし上半身は残すんです。そしてみんな試合で10の力で振ろうとするけど練習10なら試合は8ぐらいでいいんですよ」

新井理論の引き出しはおそらく無数にあるはずだ。打球音とマシンの油切れの音が一定のリズムで繰り返される現場で話はなおも続けられた。

「ヘッドがうまく使えないとバットが折れたりもするんですよ。そのためにはまずバットの握りから変えなくてはいけない選手もたくさんいる。そうやってヒットを重ねていく。うまくいけば280には届く。その先、いかにして300をクリアするのか?そこにはラッキーなヒットや内野安打も当然、必要になってくるんです」

話の最後に新井コーチ自らが口にした「打率3割」の目標に到達できる愛弟子は果たして…?かつて神戸の空の下、「前人未踏のシーズン200安打」を可能にした新井理論とイチローの振り子打法が紡いだ物語。その続編がこの広島でまさに今、始まろうとしている。

カープと広島を愛する人たちに贈る携帯サイトの決定版。テレビやラジオより速く、新聞より詳しく、雑誌より感動できるカープナインの365話物語。田辺一球責任編集。すでに7年以上、一日も休むことなく続くカープコラム「赤の魂」やカープ情報や新球場問題などを速報する「ニュース速報」他サイトと比較して一目瞭然の「試合速報」現場で集めた「ファーム情報」携帯サイト読者とメールのやりとりする中から新たなコミュニティーを創造する「コイの季節をあなたにも...」。5つのコンテンツで税込み178円です。なお、携帯サイトと当HPをリンクさせ、全国から集まったみなさんの声をカープと新球場の未来のために同携帯サイト上や当HP上、あるいはスポーツコミュニケーションズ・ウエストが発行する書籍内において掲載させていただくことがありますのであらかじめご了解ください。

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